がんの治療法

コラム 遺伝子治療の再来

本当に安全な遺伝子治療を求めて

1999年、稀な消化器疾患を患っていたゲルシンガー(Jess Gelsinger)という10代の患者が遺伝子治療により死亡しました。彼の免疫系が遺伝子治療に対して激しく反応したのです。

1990年代に遺伝子治療の予備実験が成功して以来、医師や研究者たちの期待が大きく膨らんでいただけに、この失敗は非常に大きな衝撃を与えました。さらに、時期を同じくして、ほかにも複数の失敗例が発生。科学者たちは遺伝子治療の方法論に対して根本的に再考せざるを得なくなりました。

しかし、この苦い経験を糧として、研究者たちは遺伝子治療に関連する基礎的な生物学と技術の理解を深めていきました。そして、5年、10年、15年という時間を重ねた結果、より安全な遺伝子治療法を臨床現場で使用できるようになってきました。 2004年:中国で頭頸部がんの遺伝子治療が認可。 2012年:ヨーロッパで家族性リポタンパク質リパーゼ欠損症に対する遺伝子治療薬が承認。 2013年:米国立衛生研究所が、遺伝子治療の認可を遅らせている規制のいくつかを削除。 2015年:下記の製品が米国ではじめて遺伝子治療薬の認可を取得 「T-vec(IMLYGIC)メラノーマに対する腫瘍溶解性ウイルス(T-VEC)製剤」 現在、遺伝子治療は本当に安全で有望な治療法として期待されるようになっています。

遺伝子治療に欠かせない「ウイルスベクター」

遺伝子治療では、標的となる組織に治療のための遺伝子を送り込む「ベクター(運び手)」が非常に重要で、通常、ベクターにはウイルスを改良したものが使われます。ウイルスが持っている「組織に入り込む力」を遺伝子治療に活用するわけです。

遺伝子治療のベクターとなるウイルスは、病原性をもたらす遺伝子が取り除かれ、その空いたスペースに治療で有効となる遺伝子が組み込まれます。そうすることで、病原性が除去され、そのウイルスは治療効果のある遺伝子を目的の場所に送り込むために好都合な「運び手」となります。

ところが、ウイルスの種類によっては大きなトラブルを巻き起こすことが、いくつかの臨床例からわかってきました。ゲルシンガーのケースも、その一つでした。
ゲルシンガーの遺伝子治療に用いられたベクターは、一般的な風邪の原因ウイルスの一つである「アデノウイルス」。このウイルスには免疫反応を引き起こす可能性があるということはあらかじめわかっていましたが、動物実験のレベルでは特に問題がないと判断されていました。しかし、動物で成功しても、ヒトでうまくいかないことは多々あります。
ゲルシンガーと同様の疾患で遺伝子治療を行った17人の患者たちには激しい副作用が起きませんでしたが、18人目のゲルシンガーには予想外の強烈な副作用が発生したのです。

ほかにも、X連鎖重症複合型免疫不全症(SCID-X1)と呼ばれる疾患に対して、20人の小児患者が遺伝子治療を受けましたが、そのうちの5人が白血病を発症し、1人が死亡しました。このケースで問題となったのは、ベクターとして利用された「レトロウイルス」でした。レトロウイルスは、治療のための遺伝子を、ターゲットとなる細胞の遺伝子に直接挿入できます。しかし、治療用遺伝子が、がんを引き起こす遺伝子(がん遺伝子)の中に挿入されることがあり、その刺激によってがん化を起こすリスクがありました。

安全で有効なウイルスの発見

このように、アデノウイルスは致死的な免疫反応を引き起こすことがあり、レトロウイルスはがん化を引き起こし得ることから、ほかのウイルスに目が向けられ、研究者達は真摯に模索を続けました。そして、間もなく安全で有効な二つのウイルスに焦点があてられるようになりました。

一つは「アデノ随伴ウイルス(AAV)」、もう一つは「レンチウイルス」です。 ほとんどの人はアデノ随伴ウイルスに何度か感染していますが、このウイルスは病気を引き起こすことはなく、激しい免疫反応を引き起こしません。現在、パーキンソン病、アルツハイマー病、血友病、筋ジストロフィー、心不全、視覚障害に対し、このアデノ随伴ウイルスを用いた遺伝子治療がおこなわれ、評価を得ています。

もう一つ、極めて注目されている「レンチウイルス」は、いわば「HIV」の一種です。HIVと聞くとネガティブな印象があるかもしれませんが、遺伝子治療のベクターとしては利用価値が非常に大きいものです。当然のことながら、ベクターとして利用する際には病原性をすべて取り除いて免疫系に刺激を与えないようにしますし、がん遺伝子に影響を与えることもありません。また、複数の遺伝子や容量の大きい遺伝子を運ぶ能力が大きいという特徴もあり、遺伝子治療においては最高のウイルスベクターと言えます。

余命数日の少女を救った遺伝子治療
2010年5月に白血病と診断された5歳のホワイトヘッド(Emily Whitehead)には、化学療法が効きませんでした。
2012年、3回目の化学療法で、成人でも耐えられないほどの大量の化学療法剤を投与されたホワイトヘッドの命は、あと数日しか持たないというところまで来ていました。 そこで、医師たちは彼女に対して遺伝子治療を敢行。
その際、彼女のT細胞に適切な遺伝子を送り込むために用いられたベクターはレンチウイルスでした。 幸いなことに、治療は極めて良好に反応。少女は一命をとりとめ、わずか4か月後には小学校に復学できるまで回復しました。
そして、2年が経過した時点でも、彼女の体からがん細胞は検出されていません。 この成果を受けて、ホワイトヘッドと同じタイプと別のタイプの白血病に対して同様の治療が施されました。
患者数は、2013年後半までに27人(成人患者5人/小児患者22人)。そのうち19人の体から完全にがん細胞が消失しました。

本院でおこなっている遺伝子治療「CDC6shRNA治療」は、ベクターとしてレンチウイルスを用いています。 この「CDC6shRNA療法」は、今までは対応できなかったレベルの末期がん、進行がんに対して治療効果が期待できます。しかし、まだ完全無欠の奇跡の治療とは言えません。
これから一つひとつ治療成功例を増やし、エビデンスを積み重ねることで、「CDC6shRNA療法」ががんに対する有望な新しい治療選択肢の一つとなり、いずれは主要ながん治療法となることを願っています。

参考:Gene Therapy’s Second Act (SCIENTIFIC  AMERICAN  March 2014)

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